旅のタイムカプセル

#10 ねぶた妖女に魅せられた500円男と、洞爺湖の夜

1985年8月5日 濃霧坊主と霧吹きジジイ

朝6時。目覚めと同時にわかる。

体調、回復!

熱もない。頭も痛くない。
ひさびさに全身に力がみなぎる、旅人モードの朝!

朝食の時間、食堂にはご飯が並んでいた。
北海道といえば、勝手に「パンと牛乳」のイメージを持っていた僕。
それを話すと、ユースのスタッフに一蹴された。

「北海道の人はパンなんて食べないよ。ご飯、ご飯!」

うまいご飯をしっかり食べて、エネルギーも満タン。
いざ、大沼国定公園へ!

……と意気込んだのも束の間。

外に出ると、真っ白。

まさかの濃霧!

視界は10メートルあるかないか。
しかも、空気中の水分がすごい。

昨日の黄金に輝く小沼の夕景がまるで夢だったかのように、世界が一変していた。

期待していた大沼の湖畔も、何も見えない。
「大沼国定公園」は新日本三景ということで楽しみにしていたので一層残念だ。
近くまで行くと、何とか大沼の湖面が見えた。
湖面には湯気が立つように霧が立ち込めていた。

ボワっと生まれては上空に飛び立ち、ぐるぐると旋回する。
沼から生まれたクラゲが空に向かってモワモワと上昇し、
一塊になって更に大きくなって山々を濃霧で包んでいく。
この辺り一体が「霧の妖怪」の産道のように思えた。

地図によると右手に本来なら北海道駒ヶ岳が見えるはずだが全く見えない。
霧の妖怪の一匹が僕の前に立ちはだかった。

「我は濃霧坊主。視界を奪いし者、モワモワ……」

うわぁ、出た。
北海道の霧の化け物。まさかの実体化。

濃霧坊主

出現場所 大沼、襟裳
属性・・・妖怪
旅人の視界を奪い、進行を妨げる霧の妖怪。現れると10m先が見えなくなり、峠の下りが恐怖になる。仲間を連れていることが多く、単独では行動しない。
モワモワ、お前の視界を奪いに来た

くねくねの山道を登り、ようやく峠の頂点へ。
ここから下りだ――って、これまた罠!

下り坂、本来なら嬉しいご褒美なのに……

前が見えん!

まるで白いカーテンをかぶせられたような世界。
道の先が見えない。

そんな中、霧の向こうから不穏な影――
うおっ!?軽トラ!?

フォグランプがなければ、ガチで衝突してたかもしれないレベル。

「モワモワ……思い知ったか……濃霧坊主の実力……」

……こいつはやばい……!

霧吹きジジイのビシャビシャ攻撃!

だが、真の敵はこいつだった。

「ビシャビシャビシャ!我は霧吹きジジイ!」
「旅人を濡らして風邪をぶり返させるのが趣味なのじゃ!ビシャビシャー!」

霧吹きジジイ

出現場所 大沼
属性・・・妖怪
服や荷物をじっとり濡らし、体温を奪っていく。風邪を引かせることが趣味。
形態変化する。→放水ジジイ→スコールジジイ
ビシャビシャ…………貴様の服も、心も湿らせてやる……

うわっ!服がジトッとしてる!
Tシャツがすでに湿ってるし、冷たい風が当たって震えがくる!

「やばい……このままじゃ……やられる……」

僕は自転車を停め、荷物からトレーナーを取り出した。

「寒い、寒すぎる……!」
Tシャツ姿ではとても走っていられず、防寒のためにトレーナーを着た。

だが――

「甘いわ!そのトレーナーごと濡らしてくれるわ!ビシャビシャビシャッ!」

霧吹きジジイ、猛攻!

いや、これもう霧じゃない。霧雨やん!!
霧吹きどころか、霧雨ジジイだよ!

濃霧坊主&霧吹きジジイ、ダブルアタック!

「視界を奪ってやる……モワモワモワ」
「服をビシャビシャにしてやる……ビシャビシャビシャ!」

コンビネーション完璧か!お前ら何者やねん!

僕は顔をしかめながら、歯を食いしばって峠を下る。
どこがカーブかわからない道、ビシャビシャの体、足元の冷え。

……でも、進まねばならぬ。

濃霧の向こうに

ようやく、霧の切れ目が見えた。

そこから先は、嘘のような晴れ間。
まるで世界が切り替わったかのようだった。

「……助かった……」

振り返ると、白い霧の海が広がっている。

霧吹きジジイ「ぐぬぬ……ここまでか……だが、また濡らしに来るぞ……ビシャビシャ…」
濃霧坊主「ククク……また霧の日に会おうぞ……モワモワ……」

もう来るなーーーー!

霧、舐めたらあかん。

まさかの妖怪ダブルアタック。
こうして、大沼をめぐる朝の大決戦は幕を閉じたのだった。

(次ページ→長万部のカニ屋、僕の旅はまだ無事だ)

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