長万部のカニ屋
北海道の道って、本当に広い。
歩道がほぼ車道並みで、自転車にとってはまさに天国。
さっきまで濡れていた服も、太陽と風のおかげで完ッ全に乾いた!
気持ちよく海沿いを走っていると、長万部(おしゃまんべ)の文字が見えてきた。
……と同時に、目立ち始めるのがカニ、カニ、カニの看板。
毛ガニ!タラバガニ!スルメもあるよ!
誘惑の直売店ラッシュである。
でも問題がひとつ。
財布が、スカスカなのだ。
札幌まで行けば都市銀行があるから、そこで補給できる。
しかし、それまでは節約モードで粘らないといけない。
今日もユースに泊まりたいし…..
とはいえ……
ここはカニ飯で有名な長万部。
「せめて、雰囲気だけでも……」と、軽い気持ちで直売店に立ち寄ってみた。
カニ売りおばさん登場
店先に並ぶカニたち。
毛ガニは見慣れていたが、トゲトゲと赤がやたら強調された、
異様に攻撃的な見た目のカニが目に入った。
「それはね、花咲ガニ。今茹でたばっかりだよ!」
気さくなカニ売りおばさんが、
なんのためらいもなく足を一本もぎ、
ハサミでシュパパッと皮を剥いて差し出してくれた。
えっ!?
手際の良さが、もはや職人芸。
そのスピードと包容力に、僕は一瞬で引き込まれていた。
口に入れると、ほんのり温かくて、うまい。
大阪では見たこともない花咲ガニ、人生初の出会いだった。
絶望への一本道
「どう?おいしいでしょ?」
「うんうん……(でも金がない……)」
苦笑いで答える僕に、次の瞬間、さらなる追い討ちが!
毛ガニの足、ドン!
「これも食べてみて!ハイッ!」
またしても高速ハサミさばきで手渡される。
繊細な甘み、ぎっしり詰まった身――
「うまいっ……!!」
この声が、運命を決めてしまった。
おばさんの目が変わった。
あの目は……トドだ。
獲物を仕留める気の、あの目だ。
「負けてあげるよ!」
「えっ……?」
「だから、お兄ちゃんの予算で買えるように安くするって!」
「……あ、あの……(詰んだ)」
「ほらっ、予算は?いくら出せる?」
うわぁぁ……逃げ場がない……!!
この時、頭の中で何人もの“俺”が会議をしていた。
- 「ここで千円!って言えたらカッコええぞ!」
- 「でも札幌までの昼飯代どうすんねん!」
- 「無理や!言えん!」
結論。
「……ご、ごひゃくえんです……」
……
おばさんの動きが、ピタリと止まった。
ゼンマイが切れたオモチャのように、完全にフリーズ。
……
そして次の瞬間、
サァァ……(音もなく霧のように消える)
えっ?
どこ行った!?
あれ!?さっきまで目の前に……!?
カニ売りおばさん・成仏願う
……カニ売りおばさんは、もういなかった。
人の気配すらなく、空気が静まり返る。
僕は一人、カニの足の香りを残す風の中で立ち尽くした。
――僕は、長万部にカニ売り妖怪を生み出してしまったのかもしれない。
心の中でそっと手を合わせ、つぶやいた。
「ありがとう。カニ、おいしかったです。どうか成仏してください。」
ありがとう、僕の旅はまだ無事だ。
長万部から10キロほど走ると、道は突然険しくなる。
午後になると、必ずと言っていいほど峠が現れる。
それが北海道式の歓迎らしい。
午前中は気持ちよく走れても、午後は必ず試練。
でも――
今日は違った。
体力が、戻ってきてる。
身体が軽い。脚が回る。
何より、坂道でイヤホンを片耳につけて、ラジオを聴く余裕が生まれていた。
電波は、奇跡のサイン
とはいえ、山道のラジオなんて、まともに入らない。
雑音だらけで、音楽なんて一瞬しか聴けない。
でも、その「一瞬」が、たまらなく嬉しいのだ。
言葉のかけら、メロディの断片――
それだけで、誰かとつながってる気がした。
その時だった。
坂を登る途中、急にラジオがクリアになった。
ノイズが晴れた瞬間、ピアノのイントロが流れ出した。
エルトン・ジョン。
「Someone Saved My Life Tonight」
…ゾクッとした。
肌が粟立つ。心が打たれる。
その曲は、守り神だった
「Someone saved my life tonight」
「誰かが今夜、僕を救ってくれた」
これまでの旅を、一気に思い出す。
鼻血の峠、頭痛の弘前、眠れなかった食堂の夜。
ポカリ観音、イクサンダーの笑い、消えたカニ売りおばさん。
みんな、僕を救ってくれた存在だったんだ。
エルトン・ジョンは、人生に絶望していたけれど、
誰かの優しさで踏みとどまり、「もう一度生きよう」と思えたという。
僕も今、ここで思った。
「今、救われた。ありがとう神様。僕の旅はまだ無事だ。」
苦しいのに、歌ってる
呼吸は荒い。
足は重い。
でも――気がつけば、口が動いていた。
「Someone saved my life tonight…」
「Someone saved my life tonight…」
歌っていた。峠を登りながら。
今日の峠は、ちょっと特別だった。
体力だけじゃない。
心も、軽くなっていた。
この曲は、この先の旅でも、ピンチのたびにふと思い出すことになる。
まるで、僕だけの守り神のテーマソングみたいに。
ねぶた妖女に魅せられた男の末路
午後4時半。
洞爺湖を見下ろす展望所に着いた。
「は〜、絶景やな〜」
と腰を下ろすと、隣にもひとりのサイクリストが。
なんとなく目が合って、どちらからともなく声を掛けた。
「高校生?」
「うん、2年生。千葉から来た!」
なんと、同い年サイクリスト!
旅に出て10日目にして、ついに出会えた同世代。しかもチャリダー。
お互い「初めてやわ、同年代!」と笑い合い、すぐに意気投合。
衝撃の500円生活
しかし、彼の旅の話がぶっ飛んでた。
なんと、1日500円生活。しかも全て食費。
「え?それでやってけんの?」と驚くと、
「パン屋で売れ残りの“パンの耳”を買って、それを主食にしてる」とのこと。
なるほど、パンの耳。たしかに安い。でも……
「食事って、チャリダーのガソリンやで?」
と心配になって理由を聞いてみた。
ねぶた妖女、降臨
「それがさ……ねぶた祭りでハッピ着た女の人見てから、なんかおかしくなって…」
「は?」
「気がついたら……楽しいとこに行ってて……一晩で散財……」
「楽しいとこ? 何やそれ?」
「何ていうか、男のテーマパークというか……」
「弘前にそんなとこあんの?」
「んーん、よく分からないけど、とにかく…..」
ニヤニヤしながら話す彼。
顔が緩んでる。目尻がトロけてる。
アカン、完全に取り憑かれてる!!
「えっ、それ、人間ちゃうで!!ねぶた妖女や!」
「え、なにそれ?」
ねぷた妖女
出現場所 弘前 |
属性・・・妖怪 |
旅人を色気でたぶらかし散財させる。 |
お兄さん、遊ぼうよ! |

「妖怪や。人を惑わすんや! 一人旅に出ると、変なの出るねん!」
「で、どんなことがあってん?」
「いや、それが〜……でも、なんか……」
「なに?でも何やねん?」
僕は興味津々で聞いた。
「うーん……覚えてない……」
記憶、飛ばされてる!! 完全に妖怪案件やコレ!!
自転車だけ超豪華!
旅の話を聞くのをやめて、彼の自転車に注目。
これがまた、とんでもないマシンだった。
ロードバイクで18段変速。バッグ類は本革製。
バッグだけで1個3万円以上。合計で30万越えのフル装備。
「お前のチャリ、俺のチャリの20倍やん!」
「このフロントバッグ1個で俺のチャリ2台買えるわ!!」
二人で爆笑したあと、ふと思った。
旅の装備は高級でも、旅の食事がパンの耳って逆やろ。
説教タイム&ユース勧誘
「ちゃんと現地の美味しいもん食べなアカンて!」
「いや、金がないし…」
「じゃあユース泊まれ!メシつくぞ!」
「え!?」
強引に洞爺観光館ユースホステルへ誘う。
彼も観念して、「布団で寝られる…温かいご飯…」と目を潤ませていた。
実際、予約もなしで無事チェックイン。
ラッキーだった。
なぜならこの日、洞爺湖では大花火大会があったのだ。
普通は満室でもおかしくない日。
でも、僕ら二人は入れた。
お清めの儀と、ねぶた妖女の残り香
洞爺観光館ユースホステル。
名前に“観光館”とあるだけあって、これまでのユースと少し違った。
二段ベッドが並ぶ典型的な“貧乏旅人宿”ではない。
もともと立派な旅館が、ついでにユース業もやってる、そんな感じの場所だった。
「これは……当たりやな!」
チェックイン時に「入湯税150円いただきますね」と言われ、
一瞬ビビったが、すぐに納得した。
お清めの儀、発動!
温泉に向かう途中、同行してきた例の「500円男」が脱衣所でいきなり服を脱ぎ出す。
「ちょい待てぃ!」
「えっ?」
「君、風呂は何日ぶりかね?」
「3日ぶり……青森ねぶた以来」
「それや!ねぶた妖女の妖気がまだついてる!!」
というわけで、恒例の【お清めの儀】を執行。
お清めの儀:ねぶた妖女除霊編
- 掛け湯13杯(ねぶた妖怪汚染度に応じて増量)
- 髪の毛は念入りに(妖女の毛が絡んでる可能性あり)
- 息を止めて、心を鎮めよ
- 30秒、聖なる湯船に身を沈めるべし
「最後に、浮かび上がると同時に、君は清められ、新たなる旅人へと生まれ変わるのだ」
「……そこまで必要?」
「その意識の低さが、君を500円男にしたのだ!!」
二人して大きな湯船にのぼせるほど浸かり、
温泉の赤褐色がもう聖水に見えてくるレベル。
「これは……良いお湯ですなぁ」
「うむ、温泉とは……ありがたいものよ」
500円男「なんか、マジで妖気抜けた気がする!」
僕「よし!これで札幌のススキノ妖女に50円男にされる心配もない!」
500円男「兄弟、感謝っす!」
ユースの飯とは思えん!
温泉で浄化された後は、夕飯へ。
これがまた、ユースっぽくない御膳。
明らかに“旅館の飯を2品ほど削った”だけの豪華仕様。
これには、かの伝説の地獄宿「日和山ユース」と比べてしまうのも無理はない。
「いやぁ、これが同じ宿泊費とは思えん!」
「来てよかった!」500円男は涙ぐんでいる。
「やろう?飯も、風呂も、俺に付いてきて正解やったやろ?」
僕は得意げに偉そうな口を聞く。
「兄弟、ホンマ尊敬します…!」
完全に浄化された500円男。もう半透明に見える。
花火と幻と、まだ残る妖気
7時半。
ユースの宿泊者は観光バスで花火大会会場へ。
でも僕はあえて、宿から歩いて湖畔へ。
遠くから眺める花火も悪くない。
空に開く光と、湖面に映る反射。
本物と幻のような対比が、なんとも幻想的だった。
500円男も隣でうっとりと見ている。と思ったら――
「……あぁ……ねぶた妖女も、こんな感じで幻想的やったなぁ……」
「は?お前、まだ引きずってるんか?」
「いや、でもなんか……ふと……」
「おい、今すぐもう一回温泉行って来い!!!!」
鮨詰めの夜と、旅人たちの寝息
風呂も良し、飯も良し、花火も見た。
これは今夜、ぐっすり眠れるぞ――と思っていたのに。
部屋に戻ると、衝撃が待っていた。
6畳に6人。
いや、数だけ見れば正しい。
けれど荷物がある。男たちのザックは重く、デカく、そして臭い(かもしれない)。
その一人ひとりが、畳一枚のスペースに“押し込められている”。
布団がまともに敷けないレベルの、ぎゅうぎゅう詰め。
ポジション取りは命
僕は即座に動いた。こういう時、先手必勝なのだ。
ドア側はトイレで起こされるリスクがある。
部屋の真ん中は、挟まれる。
つまり、狙うべきは――奥の角!
荷物を素早く運び込み、さりげなく布団を広げる。
後から来た人に「ここ、もう人いるのかな…」と思わせるのがコツ。
こうして、僕は**“安全で快適な角地”を確保した。**
500円男、またしても…
さて、例の500円男はというと――
中央でポツンと座っている。
完全に四方を囲まれて、抜け道ゼロ。
「何たる愚行……!!」
旅において、ポジショニングは命。
この戦い、彼はすでに敗れていた。
警戒対象:眠鬼 音丸(ねむき・おとまる)
昨夜、弘前ユースで阿鼻叫喚を巻き起こした**イビキ&歯ぎしりの二重奏妖怪「眠鬼 音丸」**の悪夢が蘇る。
ここにもいるかもしれん……奴が。
僕は慎重に部屋を見渡す。
✅口が半開き→イビキ予備軍
✅歯並びガチャ→歯ぎしり候補
✅荷物がカバンからはみ出てる→寝相アウト
旅が長くなると、疑い深くなる。
もう誰も信用できん。全員チェック対象だ。
だが、今回は――
「……いない。多分大丈夫!」
何となくだが、今夜は平和な気がした。
これが“旅の勘”というやつかもしれない。
笑って眠れる夜
500円男はというと、真ん中で相変わらずケラケラ笑っていた。
「布団で寝れるだけで幸せや〜」と天真爛漫。
そう、それが彼の強さ。
でもそのノリが、彼をねぶた妖女にやられ、500円男に変貌させたのかもしれない。
対する僕は、格安ママチャリに抜け目ない性格。
とぼけたフリした、ちゃっかり者。
20万円のロードバイク × 500円男
1万円のママチャリ × 角ポジガチ勢
ほんと、旅人って個性バラバラで面白い。
ふと思った。
空に上がる本物の花火と、湖面に映る幻の花火。
どっちが上で、どっちが本物かなんて、誰にも決められない。
それぞれが、それぞれの光で旅を照らしてる。
そう、旅人だってそうだ。
派手なやつも、地味なやつも、間抜けなやつも、抜け目ないやつも。
全部、旅の風景なんだ。
9時半、就寝。
静かな部屋に、あちこちから寝息が重なっていく。
「鮨詰めの夜」だけど、悪くない夜だった。
反省会(16歳の僕と56歳の俺)
▶ 56歳の俺
「今日はいきなり”霧の妖怪コンビ”との戦いやったな。」
▶ 16歳の僕
「濃霧坊主と霧吹きジジイのW攻撃! あれ、マジでしんどかった!」
▶ 56歳の俺
「で、次。”カニ売りおばさん”な?」
▶ 16歳の僕
「いや、悪かった……。”負けてあげるよ!”とか言われても、500円しかなくて,,,」
▶ 56歳の俺
「せやな、おばさんもゼンマイキレた様に止まったもんな。
お前は『カニ売りの妖怪』を生み出してしまったのかもしれん。」
▶ 16歳の僕
「でも、やっぱ今日のハイライトは500円男!」
▶ 56歳の俺
「お前、初めて出会った同級生サイクリストが、よりによって”500円生活男”って……運命感じるな?」
▶ 16歳の僕
「青森で”ねぶた妖女”にやられて、大散財。結果、パンの耳生活。」
▶ 56歳の俺
「もう、突っ込みどころしかない。」
▶ 16歳の僕
「でも、彼のロードレーサーとバッグの値段聞いた時はぶったまげた!」
▶ 56歳の俺
「せやな。”自転車のバッグ1個=お前のチャリ2台分”やったもんな。」
▶ 16歳の僕
「逆や思うんやけどなぁ! 旅費に金かけて、装備はほどほどにするもんやろ!」
▶ 56歳の俺
「それを高校2年生の時点で理解してたお前、偉いわ。」
▶ 16歳の僕
「まぁ、とにかく500円男をユースに引っ張り込めたのは正解やった。おもろかったもん!」
▶ 56歳の俺
「ほんまにな。温泉で”お清めの儀”もしたし。」
▶ 16歳の僕
「まさかねぶた妖女の妖気を洗い流す儀式になるとは思わんかったけど。」
▶ 56歳の俺
「お前、どんどん呪術師みたいになってきとるぞ。」
▶ 16歳の僕
「いっぱい妖怪、鬼に遭いましたから……。」
▶ 56歳の俺
「でも、500円男、”ねぶた妖女”思い出してニヤついてたで!」
▶ 16歳の僕
「もうアイツ、ダメかもしれん……。絶対50円男に転落するわ!」
▶ 56歳の俺
「考えたら2025年、彼も現在56歳。”500円生活”しとったらどうする?」
▶ 16歳の僕
「……それはそれで面白いな。」
- あなたの旅は”装備重視派”? それとも”旅費重視派”?
- あなたは”角のポジション確保派”? それとも”ど真ん中でも良い派”
コメントでぜひ教えてください!😊
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