1985年8月6日 洞爺湖〜留寿都村 ママチャリとロード、峠で語らう
「……静かだな……」
朝、目覚めた僕の心の声である。
6畳に6人。
まさかのイビキゼロ・歯ぎしりゼロ・寝相爆撃ゼロ。
奇跡の安眠シンクロナイズ。やるやん、洞爺湖組。
体調もスッキリ。目覚め最高。これぞ旅の朝。
朝ごはんは情報戦
朝食は、例の500円男と、相部屋だった大学生2人と4人で。
用意された食事は旅館で出るそのままのメニュー。
素晴らしい。
大学生たちは列車+レンタカーで北海道周遊中という。
すでに道東も回ったとのことで、おすすめの場所を聞くも――
「ん〜ガイドブックどおりっすね」
「移動ばっかで、逆に何も残ってないかも…」
逆にこちらが「チャリ旅の魅力」を説く展開に。
「自分の力で走る自転車は日本の広さ、距離感がダイレクトに感じれるんですよね。」
大学生も思わず納得。
500円男と並走スタート!
午前8時、ユースを出発。
途中まで同じルートってことで、500円男と並走。
進むは国道230号線。
ほどなくして始まる――峠道。
登り坂。
ギア無しのミニサイクル vs 18段変速のロードバイク。
僕は必死に立ち漕ぎ。
500円男は、座ったままスイスイ。
「……500円男、余裕やな」
昨夜は“お清めの儀”で偉そうにしていた手前、あっさり置いていかれるわけにはいかない。
意地とプライドと羞恥心が、僕のペダルを回していた。
サイロ展望台からの絶景
中腹のサイロ展望台で一休み。
見下ろせば、洞爺湖が青く光っている。
その美しさに、思わず息を止めた。
アップダウンと、静かな意地
再び走り出す。
230号線は容赦ないアップダウンの連続。
僕は、立ち漕ぎでゼェゼェ。
横を見ると、500円男は、まだ座って漕いでいる。平然として。
「少し休もか?」と彼。
気遣ってくれている。しかし、
僕は即座に首を横に振った。
「行こう、まだ行ける!」
でも不思議なことに、悔しさはなかった。
むしろ性能の差を知った自分の自転車が愛おしかった。
こんなに明確に性能の差を見せつけられたのに、
自分の相棒がますます好きになっていく。
「お前、ほんまによく走ってくれるな」
無変速のママチャリ。
これまで、何度も坂を超えてきた相棒。
この旅のすべてを一緒に走ってるのは、この鉄の塊。
他の人の自転車より劣ってるけど、僕にとっては唯一無二。
休まないのは、勝負じゃなくて、
この自転車と一緒に走ってる今が、たまらなく心地よかったから。
分かれ道にて
留寿都村に入ると、やがて分岐点が現れた。
右へ行けば、500円男の目的地「真狩村」。
左へ行けば、僕の行く「中山峠」。
「……ここで別れやな」
走ってるときは無言が多かったけど、
走ってるだけで、なんとなく分かり合えた気がしてた。
汗のにおいも、笑いも、しんどさも、
全部がこの旅の、かけがえのない景色だった。
守護神、降り立つ。〜さよなら500円男〜
さぁ、分かれ道だ。
右へ行けば真狩村(まっかりむら)、左へ行けば中山峠。
進む道が違えば、旅も別々。ついに、500円男とのお別れである。
「じゃあ、ここで!」と手を差し出そうとした、その時。
ふと気になった。
「なあ、ところで……なんで真狩村に行くん?」
普通、何か目的があるはずだ。
温泉?名物グルメ?歴史的建物?
彼は、ポツリと答えた。
「……名前が面白いから」
「えっ!?」
ちょっと待て、それだけ?
いや、長万部の方が面白いやろ? まんべくんおるし!
と、思ってると彼が小さく口を動かした。
「……あと、細川たかしの故郷だから……」
どえらいの、来た。
演歌の守護神降臨
その瞬間――
僕の背後に、風が吹いた。
空から黄金のスポットライトが降り注ぎ、
500円男の背後に……降り立っている。
🎤✨ 演歌の守護神 降臨 ✨🎤

演歌の守護神
出現場所 留寿都村→真狩村 |
属性・・・神 |
細川たかしの「北酒場」で登場。 純真で女好きの旅人を守る。 |
「ちょっと〜女好きがいい〜」 |
どこかから聞き覚えのある伴奏が聞こえる。
これまで、あの青森で“ねぶた妖女”にやられて500円男に転落した男。
と思っていた。
しかし、今、真狩村を目指す彼にはその貧乏臭い妖気は一切感じられない。
「きた〜の〜 酒場通りには〜♪」
「長〜い〜髪の女が似合う〜♪」
この歌詞、「長い髪って」まさにねぶた妖女のことやん。
つまり、彼はモテるのだ。いや、妖気すら引き寄せる男だったのだ。
つまり……
ねぶた妖女も、ススキノ妖女も、
彼には勝てない。
500円→5万円級のオーラが、彼の背中から立ち上っていた。
「お、お、……守られてる……!!」
「北酒場」の軽快なサウンド登場する演歌の守護神が、彼を守っているからだ!
さよなら、5万円男!
「ちょっと女好きが良い〜、瞳で口説ける方がいい〜♪」
500円男、改め――
**細川たかしの守護神に選ばれし、“5万円男”**へと昇格した。
僕は国道230号線へと進路を取り、彼は道道66号線へと向かった。
「またどこかでな!」
「気をつけてなー!」
100メートル離れた場所で、振り返って最後の別れを叫び合う。
「さよーーならーー!」
僕は見た。
演歌の守護神が、彼の目指す真狩村、
そう、細川たかしの故郷の空へと消えていったのを――。
目標発見
真正面に、見事な裾野を広げる尻別岳。
その姿を仰ぎながら、僕は留寿都村を抜け、中山峠へと向かっていた。
ここから先が札幌へと続く「中山国道」。
国道230号線と276号線が交差しながら山へと入っていく。
名前に“国道”とついてはいるが、ここはただの山道ではない。
人の手によって切り拓かれた、北海道開拓の象徴のような峠道だ。
坂はなだらか。押して歩くほどではない。
片側2車線、路肩も広く、自転車にとってはありがたい。
ただ、人も車も少ない。音のない、寂しい登り坂が延々と続いていた。
途中で止まってしまうと、ギアが一つの僕の自転車は再発進に力を要する。
だから、できる限り脚を止めずに、黙々とペダルを踏んだ。
その時だった。
前方に、自転車の姿が見えた。
ゆっくりと登っている、ロードタイプのサイクリスト。
「……抜けるかもしれない。」
それだけで、力が湧いた。
彼がどんな人かは分からない。けれど、目の前に誰かがいるだけで、不思議と身体が動く。
少しずつ距離を詰める。
まるでマラソンでペースメーカーを見つけた選手のように、僕はただ黙々と、足を回した。
頭の片隅に、今朝の500円男との走りがよみがえる。
ロックオンした自転車に徐々に並ぶ。
そのままの勢いで抜き去った。
抜いたからといって直ぐに休む訳にはいかない。
しばらく見えなくなるまで僕はペースを保って漕ぎ続けた。
暫くすると自動販売機のある休憩所のようなところがあったのでそこで小休止。
トイレの洗面所の水をしこたま飲んだ。
秋田から青森の移動中、頭が痛くてぼんやりしていたせいか何処かで水筒を落としてしまった。
よって水分補給がトイレの水道や自動販売機でしか出来なくなってしまった。
手元の現金も残り少なくなり、札幌でお金を下ろすまで缶ジュースを買うのも憚られた。
やがて私が抜かしたサイクリストがやってきた。
彼は自転車を止めると一直線に自動販売機に向かい飲み物を買い、プルタブを開けると一気に飲み干した。トイレの水をガブガブ飲んだ僕。
爽やかに自動販売機で冷たい飲料水を飲む彼。
全くの知らない人だけど、僕は彼には負けたくないと気持ちが勝手に湧いてきた。憎い訳ではではない。
ただ、まだまだ続く中山峠を越えるには、こういった仮想の敵を考えた方が登る元気も湧いてくる、そんな気持ちで自分を奮い立たせた。
ここまでの往路優勝は私。5区の山登りでママチャリの神が逆転。
そしてこれから復路。
箱根駅伝と違ってまだまだ中山峠への登り坂は続くわけだが、
「絶対に抜かされないぞ!」そんな気持ちで、僕は出発した。
なだらかであまりカーブのなかった山道だったが、
いよいよクライマックスを迎えたようでヘアピンカーブが多くなり、
坂も急勾配になってきた。
途中、自転車を降りなければならないほどの坂道。
少しなだらかになるとまたペダルを踏む。その繰り返し。
時折気持ちよさそうにバイクが通り過ぎていく。
スロットルを回すだけで進むバイク。
どんなだろう?気持ちいいんだろうなぁと気持ちが揺れ動く。
アカンアカン。
そんなこと考えたら余計にしんどくなる。
この苦しさは中山峠の急勾配を心にも身体にも刻んでいるのだ。
この坂の苦しさは、むしろ後の強烈な思い出と誇り、そして喜びになるはずなのだ。
僕は自分を励まし、必死にペダルを漕いだ。
「この汗と弾む呼吸が誇りと喜びに変わる。」
その信念がペダルを踏ませた。
「Someone Saved My Life Tonight」
「Someone Saved My Life Tonight」
汗で目が開けられない中、遥か遠くまっすぐ伸びる山道の先に店の看板と数台のバスが停車しているのが見えた。
僕はタオルで汗を拭うともう一度しっかりそれらを確かめた。
間違いなかった。中山峠最後の直線だ。ラストスパート。
僕はゴールテープを切るように中山峠の茶屋の木造の建物の前に自転車で滑り込んだ。
自転車に跨ったままもう一度タオルで汗を拭く。
フーッと深いため息。足が重く感じる。
自転車から降りてスタンドを立てる。
午後1時、835メートルの中山峠に登り切った。
定山渓から札幌へ
中山峠の茶屋で、「芋でないイモ」という、なんとも気になるネーミングのおやつを食べた。
ポカリスエットも奮発して瓶入りの570ml。
瓶の重さすら愛おしい。空いたら茶屋の水をなみなみ注ぎ、ゆっくりと飲み干す。
ここまでの峠越えで消耗した体力は相当なものだった。
約1時間の休憩をとり、ようやく札幌に向けて出発。
名湯・定山渓を突っ切る!
ここから先は、あの有名な温泉地・定山渓。
とはいえ、寄り道する余裕はない。
というか、ものすごい下り坂!
登るときは30キロに4時間かかったが、下りはそのまま滑り台のごとく1時間で終わった。
一部、12%の急勾配という鬼のような坂道もあり、スピードメーターは60km/h近くまで上昇。
ただ、こちらはママチャリ。
そんなスピード仕様じゃない。
ある一定のスピードに達すると、車体全体がガタガタ震えだし、
ハンドルまで悲鳴を上げる。
「いや、むしろ俺が叫びたい!」
命の危険を感じ、ブレーキを握る手に力が入った。
札幌の街並みが見えてきた!
定山渓の温泉街を抜けると、徐々に車も人も増えてくる。
「札幌まで10km」の看板を見たとき、確かに旅の空気が変わった。
しかし、感慨に浸る間もなく、事件は起きた。
「プシューッ!」来た、2度目のパンク
札幌まであと5km。
「もうゴールじゃん!」と浮かれていたその瞬間、
聞き覚えのある、いや、聞きたくない音が耳に飛び込んできた。
「プシューッ!」
やってしまいました。パンクです。
京都駅でやらかした1度目に続き、なぜか人目の多い場所でパンクする運命らしい。
とはいえ今回は慣れている。
人目も気にせずササッと作業開始。
穴もすぐに見つかり、20分かからず修理完了!
「……俺、成長してる。」
ちょっとした休憩みたいなもんだ。気を取り直して、再び札幌駅を目指す。
銀行・カメラ屋・そしてあの名所へ
空気がやや足りないため、自転車屋を探しながらの移動。
が、見当たらず。
都市銀行は発見!
3万円引き出す。
良かった。これで今夜も飯が食える、手が震える。
盗られやしないかと、リュックの奥へ厳重にしまい込む。
これで8日くらい戦える。
続いて向かったのはカメラ屋。
巻き上げレバーを巻きすぎてフィルムが切れてしまったので、暗袋で救出してもらう。
ついでにフィルムも2本購入。
店の前ではポラロイドカメラの販促イベントが行われていて、無料で撮ってくれるという。
「撮りますよ〜」
「え、俺……を? 無料? ありがたい。」
鏡も見ずに写されたその姿は、やせ細ってヨレヨレ。
旅の厳しさをそのまま写した1枚となった。
時計台、まさかの小ささ
札幌駅の手前で、「札幌時計台が近い」と聞き寄ってみることに。
が、見つからない。
「え、どこ?どこどこどこ?」
……と思ったら、目の前にあった。
小さい!
いや、正確には周囲のビルが大きすぎるのだろう。
明治の頃は、間違いなく街の象徴だったはずだ。
けれど今は、ビルに囲まれてまるで掘立小屋のような存在に見えた。
正しく近代化の光と影。
昔の光景は霞んでしまう。
「近代化って、残酷だな……」と、ほんの少し切なくなった。
札幌駅前で“野宿者100人フェス”⁉︎
1985年8月6日、午後4時50分。
ついに北海道最大の都市・札幌に到着!
だけど、ここで待っていたのはまさかの…
“全国から集う野宿ライダー&サイクリスト軍団”だった——。
【旅人たちの楽園? 札幌駅前】
札幌駅に着いてまず驚いたのは、バイクがズラリと50台以上並んでいたこと。
サイクリストやライダーの兄ちゃんたちが思い思いに荷物を広げて、駅前に…野営体制?
「えっ……ここ、野宿OKなの?」
最初はびっくりしたけど、話を聞けば、ここ札幌駅前は北海道野宿界の聖地なのだとか。
多い日には120人超が集まって、まるで夏フェスのようになるという。
この日は少ない方だって。それでも70人近い旅人たち。すごい光景だ。
僕もその一角にママチャリを停め、まずは空気入れを借りる。
お兄さん、快く「いいよー!」と貸してくれた。
旅人の間には、こういう時の仲間意識がしっかりある。
そこから話が広がり、気づけば僕の周りに5人の輪ができていた。
「どこから来たの?」「大阪!? マジで!?」と盛り上がる。
旅の話をしているうちに、誰かが言い出した。
「風呂、行かない?」
【“風呂”にご注意を。ここは札幌】
野宿組5人で、銭湯を探して札幌の街を歩き始めた。
言い出しっぺのライダーが道行く人に声をかける。
「すいません、この辺に風呂ってありますか?」
その瞬間、相手が微妙な顔をした。
そして、あの質問が飛ぶ。
「……どっちの風呂?」
一同「あっ」っとなる。
ここは札幌。
「風呂」というと、つまり…ソープランドのこともある。
そういう意味では“夜の温泉街”でもあるのだ。
僕(高校生)、大学生たち、会社員の兄さんまで大爆笑。
気を取り直して「銭湯です」と訂正すると、
「あぁ、それならこの先を……」とちゃんと教えてくれた。
【貸切銭湯、そしてまさかのトレーナーが心地よい】
午後5時半、ようやく銭湯に到着。
開店して間もないせいか、なんとほぼ貸切状態!
各自洗濯済みの衣服を出して、風呂上がりに着替える。
「長袖、暑いかな?」と思ったけど、札幌の夕方は意外と涼しくて、ちょうどよかった。
身体もさっぱりしたところで、駅に戻ることに。
みんなの荷物が駅に置きっぱなしだったのだ。
【そして、あの伝説の英会話】
午後5時半、銭湯に到着。
開店直後で、客はまだほとんどおらず、僕たちは貸し切りのような湯船に身を沈めた。
風呂上がり、洗い立ての服に着替える。
少し前まで「暑いかも」と思っていたトレーナーと長ズボンが、8月の札幌ではちょうどよかった。
やがて駅に戻る道すがら、ひとりの外国人が僕の前に立ちはだかった。
「サッポロエキハ、ドコデスカ?」
あぁ、札幌駅ね。僕らも今、そこに向かっているところだ。
「……トゥゲザー」
思わず口に出したその英単語は、通じなかった。
それに続けて「カム トゥゲザー」と言おうとしたが、頭の中にはビートルズのメロディーが鳴ってしまって、それ以上言えなかった。
困っている僕を尻目に、隣の大学生が助け舟を出す。
「ストレート!セカンド!……シュート!」
それはサッカーの用語なのか、それとも変化球なのか。
旅人の英語は、時として謎に満ちていた。
外国人は困った顔で「サンキュー」と言い、別の人に道を尋ねに行った。
それは正解だと思われた。
【旅人の夜は腹が減る】
風呂でサッパリした後は、とにもかくにも腹が減る。
札幌駅前の野宿ゾーンに戻って、荷物を確認するとひと安心。
そのまま、銭湯に一緒に行った5人と「じゃあ、メシ行こうか」となった。
目指すは、あの有名な——
「ラーメン横丁」!
ガイドブックでも何度も見た、ススキノにあるラーメン密集地帯。
ベタすぎる?観光地すぎる?……いや、それでいいんだ。
だって、貧乏旅の我々がカニもウニも食べられるはずがない。
ラーメンこそが正義!
【ラーメン横丁という“迷路”】
とはいえ、ススキノに詳しい者など誰もいない。
「たしかこのへん…」という曖昧な記憶と足を頼りに、また迷う。
そして道を尋ねた時、案の定こう言われた。
「ラーメン横丁?やめときな、美味しくないよ」
はい、出ました。
“地元民あるある”の、観光地ディスり。
だけど僕たちは言い切った。
「いや、美味いラーメンが食べたいんじゃなくて、**“ラーメン横丁で食べたい”**んです」
これで意志統一完了。
【人気店? いや、あえての“誰もいない店”】
ようやく辿り着いたラーメン横丁は、思ったより狭かった。
2メートル幅の路地に10数軒のラーメン屋がギュウギュウに並んでいる。
「ひぐま」という人気店はすごい行列。他にも賑わってる店もあれば、誰もいない店も。
僕たちは悩んだ末、結論を出した。
「一番客がいない店が、逆に正解なんじゃないか?」
これが“旅人のカン”というやつだ。
【そして、ラーメン神は現れた】
誰もいないラーメン店に、我々5人がズラリとカウンターに並ぶ。
注文はもちろん、札幌といえば味噌ラーメン!
僕は味噌バターコーンに、大盛りごはんをつけた。

ラーメン神
出現場所 ススキノラーメン横丁 |
属性・・・神 |
人気はないが確かな味で旅人を満足させるラーメンを提供する。 |
無口 |
湯気とバターとコーンの香りだけで勝ち確。
食べ始めた瞬間、口の中で味噌が踊る。
「う、うまいっ……!」
空腹補正? それもある。
でも、それ以上に、一口目で魂を持っていかれる感じ。
気づけば誰もが無言でズルズルすすり、
全員スープまで完飲。
そして誰かがポツリと呟いた。
「……ラーメン神、降臨やな」
全員、無言でうなずいた。
【地下街と、ちょっとした優しさ】
食後は地上に戻らず、地下街を歩くことにした。
札幌駅とススキノは地下道でつながっていて、驚くほど綺麗で賑やかだった。
僕は大阪の地下街に慣れていたつもりだったけど、
この札幌の地下が、妙に近未来的に感じた。
そこで目に入ったのが「北海道ソフトクリーム」の看板。
身体がラーメンから甘味へとスライドする。
「ソフト食べたい!」と僕が言うと、
「じゃあ、俺も」と一人が乗り、
次の瞬間、その彼が僕の分も支払っていた。
「ほら、16歳はおごりな」と、にっこり。
ラーメン神に続いて、“おごり神”まで降臨するとは…
皆20歳以上で私一人が16歳なので弟のように思ってくれたのだろう。
遠慮すんなと笑顔を見せた。とにかく気持ちが嬉しい。
【チョコレート妖精と恋に落ちた夜】
【お土産屋という名のトラップ】
ラーメン横丁でラーメン神を召喚し、
ソフトクリームで心を溶かした僕たち旅人5人。
札幌駅への帰り道、ふらりと立ち寄った地下街で“事件”は起きた。
べつに、お土産を買うつもりなんて誰にもなかった。
でも——
その店の前に立っていた彼女を見た瞬間、全員、立ち止まった。
誰が何を言うでもなく、
けれど、明らかに全員が吸い寄せられていた。
そう、彼女は**「チョコレートの妖精」**だった。

チョコレート妖精
出現場所 札幌地下街の土産屋 |
属性・・・妖精 |
世界一キュートな笑顔でチョコレートを販売。旅人のハートを鷲掴みにする。 |
お兄さん、チョコ買って! |
【その声は、もはや反則】
彼女が何を売っているかなんて、もはや問題じゃなかった。
でも一応言っておくと、彼女が売っているのは
普通のチョコとホワイトチョコの詰め合わせだった。
そして彼女は、甘いチョコが溶け出しそうな声で言った。
「買ってください♡」
録音して永久保存したい声だった。
年長の会社員が、なんとかその場を離れようとする。
「いや〜、男ばっかりでさ、チョコはね……あげる相手もいないし……」
その瞬間——
チョコレート妖精が、魔法を発動した。
【年齢当てゲーム、開始】
「じゃあ!私が年齢当てたら、買ってくれますかっ♡?」
全員、一斉に凍った。
その声と笑顔が、たぶん今夜、世界でいちばんキラキラしてた。
ターゲットは、大学生の“兄さん”。
チョコレートより先にハートを溶かされた彼は、撃沈寸前の声で応じる。
「な、何歳に見えるぅ……?」
4人、少し距離をとって観察モードに入る。
妖精は指で空中に魔法陣を描きながら、
「ん〜〜……21歳っ!」と満面の笑顔。
「当たりーー!!」
と大学生、両手を上げて大喜び。
お前、本当に21か?
【ちょっと女好きが良い】
そのまま彼は、2セットお買い上げ。
会計後、彼女に向かって全力で手を振る。
……手を振る相手って、ふつう、別れを惜しむ友人とか、
旅先で出会った仲間とか、そういう存在のはず。
でも今日の相手は「チョコレート売ってた妖精」だ。
我らが500円男の名言が脳内に再生される。
「ちょっと女好きが良い〜」
ここにもおったな、ちょっとどころじゃないやつが。
【君、本当に21?】
店を離れて少し歩いたところで、別の大学生がぽつりと聞いた。
「……君、本当に21?」
「ううん、23」
そしてチョコを買った大学生は、
チョコレートの包みを僕に渡しながら、ニヤッと笑って言った。
「お前にやるよ!」
その一連の流れが、やけに大人びて見えた。
そうか!彼は彼女を喜ばせ、
この場を盛り上げる為にあの行動に出たのだ!
僕はまだ16歳。
チョコを握りしめながら、ちょっとだけ憧れた。
【妖精は、地下街にいた】
旅の途中で出会う不思議な人たち。
妖怪もいれば、天使もいて、
たまに、妖精もいる。
たった数分のやり取りだったけど、
あの笑顔と声と、空中に描かれたクルクルの指先は、
きっと旅の記憶に、甘く残る。
札幌・地下街。チョコレートの香りが、今もふと蘇る。
野宿村と化した札幌駅
札幌駅に戻ってきたのは、午後10時すぎ。
もうあとは寝るだけだ。
全員、口をそろえて「眠い……」とつぶやいていた。
でも——その前に、歯磨き。
旅の途中、なぜか「歯を磨く」って行為がやけに神聖に感じる。
いつもより丁寧に、念入りに。
たぶん「旅先で虫歯になったらどうしよう」という不安のせいだ。
で、眠い目をこすって、札幌駅の公衆トイレへ向かった——
【野宿村・札幌ステーション支部】
そこで目にしたのは……
上半身裸の男たちが、洗面所で大集合。
4つしかない洗面台の前に10人近く。
その全員が、なぜかほぼ半裸。
髪を洗う者、身体を拭く者、ひげを剃る者。
……もはや、そこは風呂場だった。
「……これはアカンやろ……」
と、思わず心の中でツッコミを入れた。
いや、自分も今日ここで寝る野宿組なので、遠からず“仲間”なんだけどね。
けど、これはさすがに一般の利用者が引くやつ。
札幌駅の公衆トイレが、まさかの「銭湯」になるとは……
大都会の野宿って、すごい。
【深夜の駅前、マットを敷いて】
ひとまず歯だけは磨き、そそくさと退散。
駅前にずらりと並んだバイク、自転車のすぐ脇に戻ってきて、
今夜の寝床を準備した。
アスファルトの上に銀マット。
その上に寝袋。
寝袋カバーに着替えを詰めて、即席の枕にする。
午後11時、就寝。
すっかり遅い夜だった。
でも、都会の夜は明るい。
寝袋の中で目を閉じても、光がまぶたを透けて入ってくる。
車の音、人の声、笑い声、タクシーのクラクション。
全然、寝れん!
……と思ってたけど、やっぱり疲れてたんだろう。
いつの間にか、意識がぼんやりしてきた。
【今日という1日が、信じられない】
ふと、今日の出来事を思い出す。
500円男との別れ。
中山峠の汗と風。
札幌の喧騒、ラーメン神の微笑み。
溶けるようなチョコレート妖精の声。
あれ全部、今日の出来事……?
遠くから車のエンジン音が聞こえる。
見上げると、街灯がぼんやり夜空に霞んでいた。
そしてその光の中、僕の意識はゆっくりと、闇に溶けていった——。
反省会(16歳の僕 vs. 56歳の俺)
▶ 56歳の俺
「中山峠、よう登ったな! ロードバイク抜いた後の”水 vs. 自販機”対決の構図もおもろいな!」
▶ 16歳の僕
「まぁ、競争してるわけではないけど、自然にそうなりました。」
▶ 56歳の俺
「でもラーメン神降臨、客ゼロの店で『うまい!』は旅の醍醐味やな!」
▶ 16歳の僕
「腹が減ってりゃ、何でもうまい!」
▶ 56歳の俺
「で、チョコレート妖精…お前、大学生の立ち回りに憧れたやろ?」
▶ 16歳の僕
「はい…..。”遊び方を知ってる大人”って感じがしました。」
▶ 56歳の俺
「それでチョコもらってウキウキやったんやな?」
▶ 16歳の僕
「そうなんです!僕は大学生からもらったんですが、チョコレート妖精から直接貰ったことに記憶を書き換えました。その辺の根性も負けてるんです!」
▶ 56歳の俺
「おっ!潔くて気持ちええがな!」
▶ 16歳の僕
「はい…..。それが格好いい事も教えてもらいました!旅は出会いです!」
▶ 56歳の俺
「せやな。旅の”濃さ”は人との出会いで決まるんやろうな。それと、昭和の男、気前ええなぁ、、、お前奢ってもらってばっかりやんけ!」
▶ 16歳の僕
「そうなんですか? 男は年下、女性には奢るもんでしょ!」
▶ 56歳の俺
「それなっ!その考え、2025年は思い切りセクハラや!」
▶ 16歳の僕
「なんですか? セコハラって? セコイ腹づもりって事? つまりは、奢って何かさせろっていう、、、」
▶ 56歳の俺
「お前上手いこと言うなぁ、、、 セコハラちゃう! セクハラや!」
▶ 16歳の僕
「何やようわかりませんけど、僕も格好いい男になります!」
- あなたは面倒見の良い「昭和男」をどう思いますか?
- 旅先で今でも忘れられない”妖精”に出会ったことはありますか?
コメントでぜひ教えてください!😊
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