#2-2 湧き水とアップダウンデビルの試練(マキノ〜福井)
湧き水
1つ、2つと峠を越えるうちに、ついに水筒が空になった。
朝、商店で分けてもらった水も、すでに飲み干してしまった。
次のドライブインで水を補給しようと考えたが、目にするドライブインのすべてが閉まっている。
開いている店が、一軒もない。
気温はぐんぐん上昇し、頭がクラクラする。
酷暑の中、喉の渇きがじわじわと襲ってくる。
このままではまずい。
(どこかに水はないのか……)
そう思いながら坂道を登っていると、道の脇で水が勢いよく噴き出しているのが目に入った。
「助かった!」
僕は夢中で湧水を口にする。
安全な飲み水という保証はないので、腹一杯飲むのは控えた。
しかしまだ峠は続く。
空になった水筒を湧き水で満たす。
ついでに、頭から水を浴び、Tシャツにもたっぷりと水を含ませた。
冷たい水が首筋を流れ、ひんやりとした感覚が全身に広がる。
(これなら涼しく走れる)
しかし、それも長くは続かなかった。
酷暑の中、ずぶ濡れになったTシャツは瞬く間に乾いてしまった。
気がつけば、また茹だるような暑さに包まれていた。
敦賀到達、そして初めての「地図」
午前11時30分。
ようやく福井県に入る。
「これで峠も終わりだ!」
……と思ったのも束の間、アップダウンはまだまだ続く。
138メートルの追分峠を越え、ようやく本格的な下り坂が始まった。
ようやくなだらかな下り坂が僕を敦賀まで運んでくれた。
12時20分敦賀到着。
(腹が減った……)
ちょうど昼時だったので、国道沿いの店に入り、トンカツ定食を注文。
が、注文の前から水がぶ飲み。
「すみません、水おかわりください」
「すみません、もう一杯……」
あまりの要求の多さに、ついに店員が根負けし、ポットごとテーブルに置いていった。
「ご自分でどうぞ!」
これはありがたい。
ポットの氷水をコップに注ぎつつ、水筒にも補給。空になるまで注ぎ切ってしまった。
再度、ポットを掲げて「すみません、水ください!」とお願いすると、
店員がギョッとした顔で僕を見る。
(そんなに驚かんでも……)
たっぷり水を補給し、トンカツを頬張る。
食べながら、手元の地図を広げた。
「ヤッタ!敦賀から先は地図がある!」
これまでの道のりは、京都から大津まで道がわからず右往左往しながら進んできた。
だが、ここからは違う。
「自分が今どこにいて、どこへ向かっているのかが分かる」
この安心感は、想像以上に大きかった。
旅行だけではなく、人生も同じかもしれない。
「どこへ向かうための坂道なのか?」
「この苦しさには意味があるのか?」
それが分からないと、人は不安を抱えたまま進むしかない。
でも、地図があれば違う。
行き先が分かるだけで、こんなにも気持ちが楽になる。
(よし、福井まで行こう!)
体力も回復し、冷えた水筒をタオルで包み、大事に抱えて店を出た。
初めての海と、カニ屋の冷たい視線
敦賀を出発すると、すぐに登り坂。
鞠山という小さな峠だが、70メートル程度の坂道なら、もう怖くない。
300メートル級の峠を連続で越えてきた後では、まるで「小さな丘」のように感じた。
「お、いけるやん!」
昨日は40km走っただけで両足が攣ってしまったが、
今日は朝から90km近く走っても全く問題ない。
たった1日で、身体が長距離仕様になったのが分かる。
昨日までの通学仕様の脚とは、明らかに違う。
峠を下ると、左手に青い海が広がった。
「うおぉ……!」
大阪を出発して初めての海。
敦賀湾の青さが、強い日差しに映えて美しかった。
海沿いの道をしばらく進むと、「越前ガニ」の看板が目に入る。
(カニか!うまそう……!)
吸い込まれるように店へ入ると、店主が鋭い視線を向けてきた。
「……何の用?」
高校生風情がカニを買うわけがないと思われたのだろう。
カニについて尋ねても、面倒くさそうに「さぁねぇ」と適当に返される。
(なんやこの態度……!)
「こんな店で買うもんか!やっぱりカニは北海道や!」
と半ば自分を納得させるように呟いた。
「そうだ、目的は北海道なのだ!」
「よしっ!北海道を目指して走ろう!」
悔しさをペダルにぶつける。
午前中は山ばかりを見て走っていたので、海沿いの道がさらに素晴らしく感じる。
しかも海からの風が涼しくて気持ちが良い。
その海涼風道(うみすずかぜみち)の心地良さも束の間、10キロほどで次第に海は遠ざかってゆく。やがて海は左脇の山に覆い隠されてしまった。
アップダウンデビルの挑戦状
道は完全に山の中。
峠の連続に、じわじわと体力が削られていく。
登っては下り、また登る。
そのうち、トンネルに差し掛かる。
だが、このトンネルがまた厄介だった。
「なんでトンネルの中が上り坂なんや……!」
トンネルの道路は、排水のために微妙に凸型になっている。
しかもその勾配が急なのだ。つまり、トンネル内で上り坂。
その上道幅が狭く、トンネル内で立ち漕ぎをするのは危険。
仕方なく、座ったまま必死に漕ぐしかない。
「グハハハッ!登っては下り、また登れ!苦しめぇぇ!!」
突然、野太い笑い声が響いた。
現れたのは、アップダウンデビル。
日本中の坂道を司る魔人。

アップダウンデビル
出没場所・・・日本全国。坂道を司る魔人 |
属性・・・魔人 |
容赦ない登り坂の連続でサイクリストを苦しめる |
「グハハハっ!どうだ登り降りの連続は! 諦めて帰れ〜!」 |
「大概のヤツは、俺が嫌でサイクリングはやめるんだ〜!ほれほれお前も苦しめ〜!」
お前もそろそろ帰りたくなったんじゃないか?」
(バカにするな!)
日本は地震大国だ。その為、厳しい山道が多い。
中にはかなり無理をして拓いた道路もある。
その影響が道路に表れる。
厳しい坂道は極端に道幅が狭い。
登っては下り、また登って…150m、189m、184m、143m。
次々と襲いかかる峠に、疲労は限界。
アップダウンデビルはこれでもかこれでもかと僕を苦しめた。
「早く諦めろ〜!大阪へ泣いて帰れ〜!」
僕は、標識に示された海抜を必死にメモしながら走り続けた。
この峠の連続を、絶対に忘れまいと。
1100メートルの武生トンネルを抜けた瞬間——
峠地獄は、終わった。
武生から鯖江、福井への道は平坦だった。
午後5時、国鉄福井駅到着。
(次ページ:「福井県婦人青年会館ユースとテレビ運べ妖怪」へ続く……!)