1985年8月15日 釧路朝市
4時38分起床。
朝市への期待からか目覚まし時計がなくてもパチっと目が覚めた。
昨夜干した洗濯物を取り込みに行く。
乾いていない。と言うより昨日干した時より濡れているといった感じだった。
霜が降りたように地面も濡れていた。
乾燥機代をケチったばっかりに生乾きの洗濯物。ガッカリだ。
歯を磨き顔を洗って、まだ全員が寝ている中、そおっと音を立てずに釧路ユースを出た。
どこに朝市があるのか分からず、まず釧路駅方面へ向かう。
早朝の釧路市街は街全体が霧に包まれている。
春から夏にかけての釧路の朝は比較的のこのような感じで「霧の釧路」とも呼ばれていると聞いた。空もどんよりとしており、今日が晴れるのか雨なのかも分からない天気。
朝市には、案内板のお陰で自然と到着出来た。
どんなものが売っているのかワクワクする。
大きな倉庫がメインの市場のようだが、そこに辿り着く前の道端にもスチロールに詰められたカニや魚が目に入った。
とにかく一通り偵察。
通りを歩けば、”今日もカニ安いよ!” という威勢のいい声、
“お兄さん、ウニ食べてく?” と試食を勧める声が飛び交う。
朝早いのに、市場は活気に満ちていた。
10キロ700円のイワシに感動。
「安っ!」生でもいけると言う。
大阪ではイワシは焼くか煮る、干物が当たり前。
生かぁと驚いた。因みに大阪までの運賃が1600円。
商品より運賃が倍以上となるといくら安くても割が合わない感じがした。
僕は折角ならと実家に送るつもりで品定めしていた。安過ぎても送料が馬鹿らしい。
高いものはいくらでもある。僕の現金もそんなに余裕がある訳ではない。
お土産送るのやめておこうか?
ぼんやり甘エビとボタンエビを見ていたら、店のおばちゃんがニヤリと笑った。
『兄ちゃん、 ほらっ、このエビ食べてみ?』
差し出されたボタンエビをひと口——
「甘っ!」 とろけるような食感!
おばちゃんが得意げに笑う。『でしょ? 最高のエビだよ!』
折角釧路に来たんだ、本場の甘エビとボタンエビを一箱ずつ実家へ送った。
金はないが、土産物を送るのは無事の証の便りでもある。
暴風魔神再来
午前6時半、釧路駅に立ち寄る。駅前の時計の下に温度計があった。
14度。寒いはずだ。
太陽はでているはずだが、顔は見えない。
雲は低く垂れ込めている。
このまま曇ったままだろうか。
しかし曇天は自転車にとって走りやすい。
直射日光だと暑さと日焼けで体力消耗が激しい。だから、まぁ良いかと走り出した。
しかし、そんなに都合良くなかった。
忘れていた暴風魔神が僕を襲って来たのだ。
「ブローっ、ブローっ!待っていたぞ!」
とてつもない向かい風が僕を襲う。
しかも、霧が混じった湿気のある風だ。
まるで、冷たい霧吹きで全身を包まれるような不快感……
「ビシャビシャ!濡れろ濡れろ!」
霧吹きジジイが暴風魔人の勢いを借りて僕に突撃してくるのだ。
経験したことのない重い風だ。
その上コースはジェットコースターのような坂道の連続。
アップダウンデビルまで加勢して僕を痛めつけに来た。
霧、風、アップダウンと容赦ないコンビネーションに僕は目も開けていられない。
悪いものは重なるもの。
「プシュー」
と空気の抜ける嫌な音が聞こえた。
通算4回目のパンク。僕は項垂れた。
国鉄根室本線と並行して走る国道38号線は歩道がなく、
自転車を道の端に寄せて修理しなければならなかった。
車よけになるガードや縁石、歩道があるのとないのとでは恐怖心が全く違った。
僕は過ぎゆく車を恐怖に感じながらパンク修理をした。
後ろタイヤの減りはもはや尋常ではなかった。
ゴムの模様がなくなっているのを通り越し、糸が出ている箇所もある。
稚内で、いや釧路で変えても良かった筈なのに。
実家にエビを送るくらいならタイヤを替えることのほうが先決。
当たり前のことなのに、何故大丈夫と思ってしまうのか。
楽観的な自分の性格を心から反省する。
もう釧路に戻るにはずいぶん走ってきてしまった。
「何とか帯広まで持ってくれ!」と願いを込めてチューブの穴を塞ぎ修理完了。
坂道を上り始めた。坂道を上りきり勢いよく下る。
汗をかいて火照った身体に心地よい。
風が治ったのでスピードを出して走った。
少々調子に乗り過ぎたようで、50キロ以上出てしまいハンドルがガタガタと震え出した。
その振動でカゴに入れていた地図が飛び出し落としてしまった。
僕は慌てて急ブレーキを掛けた。その瞬間、
「パァーン!」
と聞いたことのない破裂音が響いた。
僕は何事か分からずないまま、落とした地図を拾いに走った。
戻って地図を前かごに放り込み、
自転車のスタンドを上げるとゴツゴツとしたタイヤの感触。
「嘘やろ。」
まさかあの音。
パンクじゃないよね。
あんな音聞いたことないよねと目を瞑って後ろタイヤに顔を向ける。
そっと目を開けると、タイヤはずるりとだらしなく寝そべっているようだった。
「もうダメだ」絶望感しかなかった。
さっき、さっき直したばかりなのに。
ブレーキを掛けた摩擦だけでパンクなんてあり得ない。
もう無理、限界だと思った。
チューブを出さなくても穴の空いた箇所はわかるだろう。
あの糸の出ている所だ。
案の定、自転車を横倒しにして見てみると、
糸の出ている部分が穴の空いた箇所だと分かった。
まずはチューブの穴を塞いだ。
しかし、このままではまた直ぐにパンクするだろう。
僕は修理用のパッチゴムを3枚重ねてタイヤの裏側から糸の出ている箇所を塞いだ。
すると人間が骨折した箇所が治ると一番丈夫になるのと同じように、そこがタイヤの一番丈夫な部分になったかのように上手く処置できたように思った。
空気を入れて自転車に体重をかける。良いぞと僕は喜んだ。
しかし、2回連続のパンクは精神的に疲れた。
僕は国道沿いの海産物の直売所に入って休む事にした。
入り口前の屋台でつぶ貝の串焼きが売られていた。
僕は醤油の匂いに居ても立っても居られなかった。
昼から貝の串焼きを欲するなんて、身体がよほど塩分を求めてるんだろう。
僕は2本注文する。
一口かじると、醤油の焦げた香りが鼻を突き抜け、貝の苦みが舌に広がる。
「……うまい。塩分が身体に染み渡るのがわかる。」
また苦味も大変美味しく感じる。
店内に入ると花咲ガニが売られていた。今回の北海道で初めて食べた花咲ガニ。
僕は何度か食べたが弟たちは食べた事がないだろう。
後先考えず、花咲ガニを実家に送った。
昨日の俺はATMに飛び込むようにして現金を手にしたのに、
金があると人はこうも調子に乗るのか。
エビを送り、カニまで追加。朝市で一緒に送れば送料も安かったのに……
それにしてもエビ2箱、カニ2匹、パンク2回、霧、風、アップダウン。
午前中のバラエティーに富んだアクシデント。
精神的、体力面、金銭面、色々と痛かった。
「この木何の木?」
音別から国道38号線は内陸部に向かい、海から遠ざかって行った。
すると次第に天気が回復してきた。昼過ぎ豊頃町到着。
豊頃町には日立のCM「この木何の木、気になる木」で有名なハルニレの木があると言う。ところどころで看板で見て、折角なので立ち寄ってみよう。
しかし意外に分かりにくく迷ってしまった。
地図に出ているわけではないので立て看板のみが頼り。
その通り向かうも次の看板までが長い。
その途中途中も一本道という訳ではないのでどちらに向かえばいいのか分からない。
気がつくと舗装のされていない道になっていた。
今朝2回もパンクしたのだ。
正直ダートコースは走りたくない。気を遣いながらハルニレの木を探す。
テレビで見ただけだが、あんな立派な木だ。
遠くからでも分かるだろうとキョロキョロしながら先を進む。
次第に完全な農業用道路になってきた。
突然、前方のからモヤモヤと無数の塊が動いているのが見えた。
『えっ……何これ? 人? いや、違う……牛!?』
気がつくと、道いっぱいに広がる牛の大群が、こちらに向かって歩いてくる。
車が通れるほどの農道なので自転車ですり抜けられないことはない。
しかし、僕は巨大な牛の大群にビビってしまった。
自転車を停めて牛が通り過ぎるのを待つ事にした。
もし、すれ違ってる時に牛が興奮して突進でもして来たらと怖くなったのだ。
牛は僕に一瞥をくれて一頭一頭過ぎていく。
一頭の牛が、じっと僕を見つめた。
目が合ったまま、動かない。
“えっ、もしかして……こいつ、怒ってる?”
これまで泊まったユースホステルで、万が一熊にあったら後ろを向いて逃げるな。
目を逸らすなと聞いていた。
……いや、でも、これ熊じゃなくて牛だし!
どうしよう?
両手をあげて大きく見せようか?
牛の目を見つめながら、対策を考える。
何でハルニレなんか探してこんな所に来てしまったんだろう。
困っていると、牛はようやく目を逸らしてまた歩き出した。
良かった。人間に飼い慣らされた牛だから、大丈夫だと思っていた。
だけど大きな牛と対峙するとやっぱり怖いもんだ。
目を逸らして歩き出した牛を追いかけ、僕は触れるか近づいてみた。
すると、それまでにない身のこなしで逃げていった。そうか、牛も怖いんだな。
牛の大群をやり過ごし、ようやくハルニレの木にやって来る事ができた。
テレビCMでは草原にポツンと一本立っているように見えていたハルニレ。
しかし、実際は3本あって、一番姿の”一番フォトジェニックな木” だけを抜き出していたらしい。確かに姿の良い木であったが、テレビに映るイメージに比べると小さく見えた。
テレビというのは過剰にスケールアップさせるようだ。
ワインで有名な池田町を経て、5時40分帯広駅に到着。直ぐに帯広ユースへ向かった。
再会 帯広の夜
午後6時、帯広ユース到着。
「でかっ!帯広マンモスユース、176人収容!」
その日は帯広祭りで、当然のように 満員御礼。
『君の部屋は5階ね』
最上階!眺めいいかも!悪くない!
と、ポジティブに考えたのも束の間——
「エレベーター……は? ない???」
しかも、リュックに洗濯物、さらに 「満員だから靴は各自持って上がってね♪」 という鬼畜ルール。
「……拷問か!!!」
外だと昨夜のように洗濯物が乾かないだろうとベットの脇に干そうと考えていた。
しかし満員の部屋にはそんなスペースは無かった。
仕方がないので外で干そうと階段を降りる。
降りて靴を忘れてることに気づき、また靴を取りに階段で5階まで上がる。
チェックイン10分後には 『帯広ユース最悪!』 という結論に至った。
「洗濯物を干していると、肩をポンと叩かれた。
『ん?』 振り向くと——
『おおおっ!!!』
そこには、あの サロマ湖のスーパーカブ兄さん !!
『生きてたか!?』
『生きてた生きてた!! そっちはどうよ!?』
『俺か? まぁ……ちょっと摩周湖を汚しちまったかもな!!』
『おいおい、何の話? wwwww』
まるでドラマの再会シーンみたいに、抱き合って喜んだ。
その後一緒に夕飯に向かう。ごった返す食堂。
収容人数176人というが、実際はもっと詰め込んでる?
176人の収容人数のせいか、唖然とする夕飯メニュー。
コロッケ1個 & キャベツの千切り & 漬物のみ!?!?
『えっ、俺たち囚人?』
まるで網走監獄で見た囚人メニューだった。
スーパーカブの兄さんもそのほか一緒のテーブルについた人たちも
あまりにも酷い手抜き料理に無言のまま、手早く済ませた。
「この夕飯はなかったことにしよう」
館内全体がごった返している。
どこも落ち着かないので総勢5人、夜の街に繰り出した。
夕飯は食べてないに等しいくらいだったので、とにかく食べ直そうとなった。
色々食堂を物色するが、僕以外全員大学生か会社員だったので、居酒屋に入った。
「居酒屋に入ると、全員がまずビールを注文。
スーパーカブ兄さんが僕の分まで勝手に注文し、
目の前に キンキンに冷えたジョッキ が置かれた。
『まぁまぁ、旅先では細かいこと言わん!』
みんなの安全な旅を願って、カンパーイ!
『あぁ……旅先のビール、やっぱうめぇ……!』」
色んな料理が頼まれた。魚、肉、焼き鳥。
……が、腹が減っていた僕は、
目の前のバターコーンと男爵バターに全集中!!
バターが溶けたジャガイモに、醤油の香ばしさ。
もう、止まらん!!
みんなのジョッキが空になるたび、新しいジョッキが目の前に置かれる。
こんなに飲んだのは初めてかもしれない。
どんな旅をして来たのか順番に発表会。
『いや〜、旅って最高やな!』
誰かが言うと、全員が頷いた。
4人のライダーが語る 斜里の『どこまでも続く道の話』 は印象的だった。
空に駆け上がって行くようなライダー憧れの「聖地」あらぬ「聖道」らしい。
遠くを見るように思い出す様子に
「いつか行きたいな」と思った。
スーパーカブさんは他のライダーと比べ、50CCのバイクの分、ゆっくり旅していた。
北海道では制限時速30キロの原付バイクは警察から狙われる格好の的だ。
だから絶対捕まらないように制限速度を守り、自転車に抜かれることすらあると胸を張って笑っていた。
彼は摩周湖では僕が行きたかった裏摩周まで行って湖面にも降りたという。
誰もいなかったので素っ裸になって摩周湖を泳いだという話に全員が爆笑した。
「摩周湖の透明度、落ちたんじゃない?」
『うん、多分世界第3位か、下手したら5位まで落ちたわ!』
『おいおい、責任とれよカブ兄!』
『えーっ、もう一回行ってこよか!』
『おいおい、バカか!余計濁るわ!!』
『伝説の摩周湖、一巻の終わり!!』
『地理の教科書に「摩周湖(元・世界第2位)」って載ったらスーパーカブのせいだな!!』
また爆笑。
気づけば時計の針は11時を回っていた。
『やばっ、明日起きられるか?』
『ま、旅の朝だ!なんとかなるだろ!』
旅人同士の宴は、いつもこんな感じで終わる。
またどこかで、偶然会えたらいいな——
そう思いながら、僕たちは帯広の夜に溶けていった。
明日からも、それぞれの旅は続く。
でも、この夜は、俺の「旅の中の1ページ」として、
ずっと、ずっと忘れないだろう。
反省会 16歳の僕と56歳の俺
56歳の俺「君な、金ないのに何でカニとかエビとか高級品実家に送るの……?」
16歳の僕「ホンマですね〜。多分病気的楽観人間なんやと思います。」
56歳の俺「まぁ、そんな人間でないとママチャリで北海道目指さんとは思うけど、それにしても財布の紐が緩すぎる!」
16歳の僕「何でしょうね〜、喜ぶ顔想像したら、残金が気にならなくなってしまうんです。」
56歳の俺「まぁ、そのおかげか知らんけど、君、帯広の飯代出してないやろ!」
16歳の僕「えっ、何で知ってるんですか?….」
56歳の俺「だって、君以外みんな会社員と大学生やろ……?」
16歳の僕「はい!」
56歳の俺「その頃の昭和のアニキ達は女と年下には奢るのが当然の男群像があるの!」
16歳の僕「えっ、カッコいい! でも……、だからってフルチンで摩周湖入っていいんですか?」
56歳の俺「それは言うな!それも昭和男のロマンやがな!」
- あなたは現地から無理してお土産送ったことありますか?
- 旅先でやらかした”黒歴史エピソード”、聞かせてくれますか?」
コメントでぜひ教えてください!😊
コメントを残す