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旅のタイムカプセル

#22 さらば北海道? 〜70番目の絶望とキャンセル待ちの夜〜(襟裳〜苫小牧)

1985年8月17日 襟裳ユースのナンパ入道

今朝の起床時間は早かった。
何といっても、昨日の昼の「ライダー天使」がご馳走してくれたジンギスカンとラーメンを食べて以来の食事が楽しみで自然と目が覚めた。
というよりも、空腹のせいで明るくなる前からまだかまだかと自然に何度も目が開いた。
あの難所を雨の強風の中走ってエネルギーは使い切っていた。
風呂で身体を温めたとはいえ、もう燃料がないのだろう身体が芯から冷たくなっている様に感じた。

7時、とうとう朝食のテーブル。
僕はおかわりするのは分かっているので、漫画で見るようなご飯の盛り方で食べ始めた。
飢えた犬のようだったろう。
しかし爆発的な食欲なのに食べられない。
もしかしたら胃が小さくなっているのか?
食べたいのに食べられない。
朝から走りに影響するのも嫌なので、無理に食べる事はせず箸を置いた。

午前7時40分、玄関前で自転車の客限定でおにぎりが配られていた。
僕は喜び勇んで貰いに行った。
しかし、おにぎりを配っている青年スタッフは「自転車の人限定なんです。」と言う。
僕は自分の自転車の方向を指差し「僕自転車です!」
しかし青年スタッフは僕には目もくれず、明らかに自転車じゃない女性に渡してる!

ヤツは観光地で女を漁りに来ているナンパ餓鬼?
気持ち悪いヤツだ。
僕にはダメで、女の子にはOK? ……なんだよ、それ。
おにぎりが欲しいと言うより、アイツの”選民意識”が気に食わなかった。
会員証を忘れて割引がなくなった今回、もうユースでの宿泊はこれが最後と決別した。

私が荷物を積んで走り出そうとしていると「ナンパ餓鬼」が近づいてきた。
「この自転車で来たの〜?」全ての女に振られて、暇つぶしに寄ってきたのだ。
僕は答えず、さぁいざ出発!
するとナンパ入道「その自転車乗らせてー!」と言って一気に間を詰めてきた。
僕は小平で旗を盗んで行ったであろうライダーの
「旗くれよー!」
と同じ目なのを瞬時に思い出した。

「寄るな」

僕は一喝し走り出した。チラとみるとナンパ餓鬼は突っ立ったまま呆然としていた。
不似合いなエプロン姿のナンパ餓鬼は何もない襟裳岬の寂しさそのものに見えた。

襟裳岬

程なくして黒潮と大地の接点と言われる襟裳岬に到着した。
しかし、濃霧のせいで眺望は良くない。
連なる岩岩が点々と見える程度だ。
晴れていれば、地球の丸さが実感できるほどの絶景が広がるらしい。
だが、霧の襟裳岬も果てという雰囲気と感じた。

襟裳岬灯台や開いていない土産物屋を見て周った。
午前8時半、国道336号線に出た。
昨日の黄金道路とはまるで別世界のような穏やかな道。
強風もない。気温もちょうどいい。自転車はスムーズに進んだ。
この調子なら、今日中に苫小牧まで行けるかもしれない、いやっ行かなければならない。

苫小牧のフェリーが異常に混んでいる——それを知ったのは帯広の夜での情報だった。
キャンセル待ち3日のライダーが『乗船できていない』と言う。
日航機墜落事故の影響で、いつも以上の帰省ラッシュになっているらしい。

サラブレット街道

とにかく走った。様似を過ぎ、浦河という辺りに来ると牧場が多く目に入ってきた。
牧場といってもこれまでのように牛でなく競走馬の牧場が散見された。
「サラブレッドの故郷」と書かれた看板が並び、どことなく洗練された雰囲気が漂う。

11時20分、新冠でパンと牛乳を食べる。
新冠は特に観光客も多いようでカシワやナラ、タモの林の中を散策できる散歩コースなどが見られた。判官館公園には日本一長い800メートルの滑り台、ハンモックで昼寝ができるなどサラブレッドを主役にした一大観光地ということが見てとれた。
少し休んで体力が回復すると、また苫小牧を目指した。
行程の半分はクリアしていたので苫小牧港に到着できる目星がついた。
天気もよい程度に雲があり、涼しくて走りやすい。
僕は時折立ち漕ぎでペースを上げた。

午後6時を過ぎて、苫小牧市に入った。
港までもう目と鼻の先と思った矢先、通算7度目のパンク。
もうすでに暗くなり出し、周囲に明かりもない。
運の悪さは重なるもので、懐中電灯は電池切れ。
手持ちの灯りといえばキャンドルタイプのランタンだけ。
僕は火をつけて道端に置いて修理を始めた。暗い中での修理は初めて。
目を凝らして穴の空いた箇所を探していると、情けなくなってきた。
3日連続。そもそも稚内で素直にタイヤを丸ごと交換していれば、この3日間のパンクはなかった様に思う。何度もした後悔がまたぶり返す。
1時間近くかけて修理完了。すでに午後7時を過ぎている。
午後8時のフェリーはもう無理だろう。
調べていたフェリーは午後9時と日付が変わる午前0時がある。
そのどちらかに乗りたい。
僕はタイヤを労わりながら苫小牧港フェリーターミナルに滑り込んだ。

キャンセル待ち

午後8時、苫小牧港到着。
カウンターへ向かいキャンセル待ちの受付をする。
もらった番号は70番台。
僕の前に70人以上がキャンセル待ちしているというのだ。
チャンスは午後9時発八戸行きと午前0時発。
それを逃せばまた明日の朝キャンセル待ちの受付をし直すらしい。

説明を聞いて驚いた。
午前0時のフェリーが出た瞬間、70番台の順番はリセットされる。
そして明日の朝、また一からキャンセル待ちの列に並び直さなければならないという。

僕はそれを聞くまで、この70人以上のキャンセル待ちに絶望感を抱いていた。
キャンセル待ちで直前に乗船できるのは5人から10人程度らしい。
運が悪いと5人の空きも出ないという。
一日5便の青森へのフェリー。
早朝と夜に出航することを考えると70人待ちという事は最悪三日も待たなければならないのだ。
聞いていたキャンセル待ち三日は本当だったのだ。
僕は70キロ先の室蘭からフェリーに乗ることも考えた。
しかし受付に室蘭の混雑具合を尋ねると苫小牧とほぼ同じ状況だと言われた。

僕と同じように周囲で絶望的な表情のライダーに尋ねた。
大体時期が時期だけに例年北海道本州間のフェリーは混むのだが、今年は日航機墜落事故で飛行機はガラガラ。そのお客さんがフェリーに回ってきたみたいとため息をつきながら説明してくれた。

それにしても3日の足止めなんて食らったら、僕は途中で自転車を送るなどして交通機関で帰らなければ始業式に間に合わなくなってしまう。それを考えるとあぶら汗が出てきた。
70人のキャンセル待ちは殆どがライダーで僕しか自動車はいない。。
僕の自転車は折り畳めないのでバイクと同じ扱いなのだ。
しかし、どう考えても僕の自転車の積載スペースがバイクと同じとは思えない。
現に北海道に渡る時、バイクと同じ扱いでありながら荒縄で縛るという明らかにバイクとは違う固定のされ方だった。僕は受付に戻って、その事を話した。
「自転車だからどうにかなりませんか?」
しかしチケットカウンターの受付の人はただ静かに首を振る。
懇願する僕の努力虚しく、21時発のフェリーの自動車やバイクの乗船時刻が締め切られた。
「午前0時のフェリーには必ず乗りたい!」
そうしたら明日朝八戸港に到着。しかもフェリーの2等船室で宿泊。おまけに風呂もある。
しかし、もしこれを逃したら明日早朝のキャンセル待ちの順番を争う列に並ぶ為に苫小牧港の扉の前で野宿なのだ。あまりにも違いすぎる。

僕は疲れていたが、一縷の望みに賭けてフェリーターミナル内の受付カウンターの前で待っていた。番号を呼び出されて返事がなければ次の人に回るので、そこから離れずに待つのだ。同じように粘っている人もいるが、諦めて外に出る人もいる。粘ってるライダーに声を掛けた。
「いつからですか?」
「昨日から、」
「じゃぁ2日も!」
「うん、キャンセル待ちが日付を越えたらやり直しって知らなくって、朝ゆっくり寝ていたらこの番号。」と30番の番号チケットを見せられた。
「30番でアカンかったんですか!」私は声を上げた。
「うん、ひどい人は3日待ったらしい。俺もこのままだと明日になるね。」
「キツー!」僕はライダーに同情した。
「明日のキャンセル待ち、5時ごろには起きて、ターミナルの入り口で待たないと間に合わないよ。」ライダーは共に頑張ろうという目つきで教えてくれた。
僕は有り難かったが、午前0時のフェリーを諦めた訳ではなかった。
だから頷きはしたが、この人と同じ目に遭うのはヤダと思っていた。

午後9時のフェリーの出航の音がする。
「行ってしまった、、、」
僕は奇跡の大逆転はないものかとまだ諦めていなかったのかもしれない。
警笛を聞くと、お腹が空いていることに気がついた。

最後のチャンス

ターミナル内のショップでカツ丼弁当、寿司弁当、カップラーメンを買って食べた。
お腹が落ち着くと、カウンター前に戻り待合席に着く。
とにかく僕以外は自転車はいない。
そもそもサイクリストは輪行できるタイプの自転車を選ぶ。
その方が折り畳んで荷物として乗船や列車などに乗ることが出来るからだ。
だから僕も自転車を手荷物として乗せてくれないかと頼んでみた。
答えはノー。折り畳めない普通の自転車を持って、タラップを乗り降りするのは危険だし、乗せた自転車が甲板で倒れたら危ないという。確かに。
最終フェリーの出航時刻1時間前になった。
何人かのキャンセル待ちの人の番号が呼ばれる。呼ばれた人はよし来た!とばかりに受付に向かう。数人のキャンセル待ちが呼ばれると、呼び出しは止まった。
そこでほとんどのライダーが諦めた。もう数人しか待合席で待つ人はいない。

僕は70番台のキャンセル待ち受付番号はもはや関係ないと思った。
キャンセル待ちチケットの権利はこの数人に絞られたのだ。
出航1時間前、自動車、ライダーの乗船が始まる。
ここで間に合わなかった人が克明になって、また新たにどどっとキャンセル待ちの人が呼び出される。そうに違いないと祈る気持ちで待った。
しかし、それ以降キャンセル待ちの人は誰も呼ばれることなく受付窓の内側のカーテンが閉められた。僕は最後の最後まで諦めなかったがダメだった。

フェリーはそもそも電車のようにギリギリで駆け込む人はいない。
余裕を持って早めに到着し待っているのだ。
だから、フェリーターミナル待合室の設備は充実しているのだ。
そりゃそうか。
僕は残念ではあったが、自分をなだめるよう一人自分と会話していた。
受付が終了すると、
「全員外に出てください。建物は施錠します!」と警備員の声がした。
僕はターミナルの外に出た。
すぐ目の前に苫小牧の海。
そしてそよぐ海風。
釧路や襟裳も寒かった。

寒さだけで言ったら雨で濡れた昨日の襟裳ははるかに寒かった。
しかし、今夜はまた違う意味で寒い。
北海道から離れたくなかったはずの僕が、今は出られないことにガッカリしている。
……なんだよ、それ。

午前0時発のフェリーが離岸する。「ボーっ」という警笛。
僕は自転車の横にマットを敷いて寝袋に入った。


反省会 16歳の僕と56歳の俺

16歳の僕「やるだけのことはやりました。」

16歳の僕「思ってたでしょうね。粘りに粘って、ワンチャン空かんかなと……。」

16歳の僕「⤵️」

16歳の僕「あの真っ暗な中の修理はマジで地獄でした。」

16歳の僕「『寄るなー!』はもう色々な鬱憤が全部出ましたね。会員証忘れるわ、500円余分に取られるわ、で、あのヘラヘラ顔ですよ!」

16歳の僕「まぁ、フェリー乗れんかった時の方がショックでしたけどね……。」

16歳の僕「分かってます!明日は気合いで乗船してみせます!」


  • 旅先で足止めを食らった経験はありますか?
  • あなたの絶望的なキャンセル待ちのエピソードを教えてください。

コメントでぜひ教えてください!😊

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