1985年7月29日 ボシャボシャ……蚊の猛攻
福井ユースの夜は、大津の宿に比べると涼しく、寝やすいはずだった。
——はずだったのに。
蚊が多すぎ!
痒さで何度も眼が覚める。
(うわっ、めっちゃ刺されてる……)
凄まじい眠気の中、持参の蚊取り線香を探し、火をつける。
普通なら、これで蚊は沈黙するはずだった。
しかし——「ブーン……ブーン……」
——襲撃は止まらない。
(おかしい……まるで窓を全開にしてるみたいな蚊の量や……)
どこからともなく、声が聞こえた気がした。
「ボシャボシャ……」
……待てよ? もしかして……(テレビ運ばせ妖怪の仕業か!?)

ニヤニヤ笑う、暗闇の中でテレビ運び妖怪の幻影が脳裏に浮かぶ。
(いや、まさか……)
それにしても、ひどい痒さだ。
一晩中、蚊と格闘しながらの浅い眠り。
こうして、**「疲れが取れていない最悪の目覚め」**を迎えた。
朝の出発、そして県境へ
午前5時半。
寝不足と疲労が抜けないが、ダラダラしていても仕方がない。
気合を入れて起床する。
同室のサイクリストの青年は、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
(……蚊が襲ったの、俺だけ?)
いや、そんなはずはない。
きっと彼も刺されているはずだ。
それなのに、何も気にせず熟睡できるとは、さすが長距離を旅する男。
経験値が違うのかもしれない。
「そうだ、ボシャボシャ……」
(……ん?)
一瞬、聞こえた気がした。
……気のせいだろう。
彼を起こさないよう静かに荷物をまとめ、ユースホステルを出発した。
朝の峠越え「牛ノ谷峠」
自転車に荷物を積み、空を見上げる。
眩しいほどの太陽。
(……今日も暑くなりそうだ)
今日の目的地は決めていない。
とりあえず、福井駅から金沢駅までの75kmを目標に走る。
金沢到着のコンディション次第で、泊まる場所を決めることにした。
福井県婦人青年会館ユースホステルを出発。
最初の1時間は平坦な道が続き、快適に進んでいく。
途中、右手に丸岡城が見えた。
しばらく走ると、ゆるやかな登り坂が現れる。
「牛ノ谷峠」
標高90mの小さな峠で、福井県と石川県の県境だ。
(90mなら余裕!)
事前に峠の高さを知っていると、気持ちが楽になる。
やっぱり地図があると精神的に余裕が生まれる。
それに、朝早い時間帯での県境越えは気分がいい。
「一つの大仕事をやった」という達成感が得られるからだろう。
一気に登り切り午前7時45分、石川県に突入。
爽快な気分のまま、なだらかな下り坂を駆け降りる。
交通量との戦い
県境を越えると、大きな交差点に出た。
・右は364号線
・左は305号線
・僕が進むのは、まっすぐ8号線
問題は、この8号線の交通量がハンパじゃなかったことだ。
国道8号線と305号線が合流する区間が7〜8km続くため、トラックや乗用車が次々と行き交う。
特に大型トラックの追い越しには、ヒヤヒヤさせられた。
(峠道もツラいけど、こういう交通量の多い道も違った意味でキツいな……)
気をつけながら慎重に進む。
金沢駅到着、熱々のうどん
気を張り詰めながら走り続けた結果、
予想よりも早く午前11時10分、金沢駅に到着!
(あれ? こんなに早く着くとは……)
金沢の真っ白い駅舎を見て、ほっと一息。
駅構内のうどん屋に入り、おにぎりと熱々のうどんを注文する。
せっかく汗が引いたところなのに熱々のうどんで汗が噴き出す。
冷たいうどんやざるそばよりも熱いうどんの方が安いのも選ぶ理由だが、
何故か僕は暑い時に熱い汁物を好む傾向にある。
汗をダラダラとかきながら、熱々のつゆを最後まで飲み干した。
ちょうど正午に金沢駅を出発。
嫌になる程天気が良く日差しが強い。
(次ページ:「紫外線魔王降臨」へ続く……!)