見えた北海道
空腹でで目が覚めた。
フェリーの二等客室。しばらく寝ていたらしい。
時計を見ると、2時間半ほど眠っていたようだ。
「おお、腹が減った……」
2〜3日お腹の調子が悪かったのに、ここへきて急に食欲が戻ってきた。
出航前に食べた蕎麦では足りなかったらしい。
しかし、ここで調子に乗ってがっつくのは危険だ。
「まだ無理はするまい……」
消化の良いかけうどんを選ぶ。
フェリーのチケット代や昼食代で、思った以上に出費がかさんでいた。
そんなこともあり、無難に安いうどんに落ち着いた。
食べ終わり、再び甲板へ出る。
一眠りした間に、船は北へ進んでいた。
風が明らかに冷たい。
潮の香りに混じる、キリッとした冷気が肌を刺す。
甲板にはほとんど人がいなかった。
寒さのせいか、まばらに数人が海を眺めているだけだった。
遠くに陸地が見える。
右手には亀田半島。左手には松前半島。
「ついに、北海道だ……!」
高まる気持ちを抑えきれない。
北海道。
本州とは違う、未知の大地。
この地に、自転車でたどり着いたのだ。
北海道上陸!函館へ!
午後4時50分。
フェリーは函館港にゆっくりと着岸した。
15分前から、バイクや車の乗客は乗船時と同じように戻るようにアナウンスされていた。
僕も、自転車のもとへ向かう。
船が固定されると、僕の自転車を縛っていた荒縄が解かれた。
青森で荒縄で固定され、北海道で荒縄を解かれる――なんともシュールな旅の相棒。
「よし、行くか!」
船のハッチが開く。
僕は、一番に飛び出した。
でも、すぐに足を止めた。
「写真を撮ろう」
フェリーと自転車が一緒に写るようにシャッターを切る。
「これで、僕と自転車の距離感がまた一段と近くなった気がする」

この旅を共にする相棒。
ここから北海道を走る相棒。
「北海道でも頼むぞ!」
そう心の中で呟き、自転車にまたがった。
函館での葛藤――友人との約束
午後5時20分、函館駅に到着。
すでに「イクサンダー大沼ユースホステル」に予約を入れている。
フェリーで昼寝をしたおかげで体力は回復している。
そのまま宿に向かえばいい。
でも、なぜか足が止まる。
「待つべきか、進むべきか?」
頭の中で、もう一人の自分が問いかける。
翌日、8月5日の朝、大阪の同級生3人が列車でここ函館駅に到着する。
彼らとは「函館で会おう!」 と約束していた。
僕も8月5日頃に到着するだろうと思っていた。
でも、予定よりも早く着いてしまった。
- 函館で一泊して、彼らを待つか?
- それとも、行程通り先へ進むか?
答えは、わかっている。
行程に余裕があるわけではない。
一泊するよりも、少しでも前に進むほうが賢明だ。
でも、約束をしたことが頭に残っていた。
「待つべきだったかな……?」
函館駅の雑踏を眺めながら、そんなことを考えた。
お互い、来たこともない土地で「函館で会おう!」と約束するのも面白い。
実際に会えなくても、「ここで会おう!」 と決めたこと自体が、
何か特別な意味を持つ気がした。
思わず笑えてくる。
「よし、行こう!」
僕は意を決し、函館駅を後にした。
約束しただけで、十分。
それに、僕としてはこの地に来れただけで十分 だった。
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