イクサンダー大沼というビックリ館
函館を出発すると、ぐっと人の気配が減った。
走る車の数もめっきり少なくなり、看板もまばらだ。
「この道で本当に合っているのか?」
急に心細くなり、道端で出会った人に尋ねると、
「とにかくこの道を行け」
それだけ言われた。
どうやら、途中の「大野町」の看板を見たら、そこでまた誰かに聞けばいいらしい。
でも、その大野町の看板がなかなか見つからない。
いや、それどころか、民家も商店もほとんどない。
時折広がる草原が、これまでの景色とは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。
気づけば、大野町を見落とし、七飯町に入っていた。
峠を越えて、大沼へ
国道5号線は、一桁国道にしては妙に交通量が少ない。
それでいて道路幅は広く、どこかアンバランスな印象を受ける。
「本当にこの道でいいのか?」
そんな不安を抱えながら進んでいると、峠に差し掛かった。
標高100メートルほどの小さな峠を越え、トンネルを抜けた瞬間――
目の前に素晴らしい湖の景色が広がった。
「うわぁ……」
思わず息をのむ。
ちょうど夕日が沈みかけ、湖面を黄金色に染めていた。
看板には「大沼国定公園」の文字。
「これが大沼か……!」
そう思ったのも束の間、地図を確認すると、目の前の湖は実は小沼 だと判明。
なるほど、手前が小沼で、奥が大沼 なのか。
赤く染まる湖面を眺めながら、思う。
「綺麗だけど、暗くなる前に宿に着かねば!」
そう考えると、自然とペダルを踏む足が速くなった。
イクサンダー大沼? アレクサンダー大沼?
大沼駅に到着し、「アレクサンダー大沼ユースホステル」の場所を尋ねる。
すると、駅員が吹き出しながら言った。
「イクサンダー大沼ね。みんなアレクサンダーって言うんだけど、違うからね」
どうやら、よくある間違いらしい。
確かに、予約の電話でも、
「イクサンダーですよ、アレクサンダーじゃないですよ!」
と念を押されたことを思い出す。
「分かってるって!」とその時は思ったが、こうして何度も「アレクサンダー」と言われて、
そちらがインプットされてしまった。
「人間、何度も聞かされると間違うもんだな……」
宿の名前の由来は、この地のアイヌの伝説の酋長「イクサンダ」 にちなんでいるらしい。
けれど、間違えられるのが歴史的最強の「アレクサンダー大王」なので、宿側もまあいいか、むしろ誇らしい、といったスタンスらしい。
なんとも不思議な宿だ。
イクサンダー大沼到着!そして謎のイベント
午後6時半、「イクサンダー大沼ユースホステル」に到着。
ここは北海道でも特に人気のあるユースホステル で、道中の旅人たちからも何度かオススメされていた。
ちょうど夕食時間だったので、先に食事をとり、その後風呂へ。
旅の疲れを癒し、ゆっくりしていると――
「8時になったよ!始まるよ!」
と、誰かが声をかけてきた。
「……何が始まるんだ?」
促されるまま、中央の部屋へ行くと――
50名ほどの宿泊者が輪になって座っていた。
その中央には、ギターを抱えた2人の男。
彼らはどこか眠そうな顔をしているが、絶妙な間合いで面白おかしく話をしていた。
「これが、ユースホステル名物のミーティング……?」
ユースホステルは、本来若者の貧乏旅行者をサポートする宿 だった。
そのため、旅人同士が交流できるように、情報交換やレクリエーションが行われることが多い。
特に北海道は、そのスタイルが色濃く残っており、
「名物ユースホステル」 がいくつも存在していた。
この「イクサンダー大沼ユースホステル」もそのひとつ。
この時点で、すでに北海道のユースホステルベスト3 にランクインするほどの人気宿だった。(後に全国2位になるほどの評価を受けることになる)
それだけに、このミーティングを楽しみに泊まっている人も多いらしい。
この日、宿泊者は約100名。
そのうちの半数以上が、この輪に加わっていた。
僕は、初めて本格的な**「ユースホステル名物ミーティング」** に参加することになった。
「一体、何が始まるんだ?」
少し緊張しながら、輪の中に座った。
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